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腹話術師 / Ventriloquist
ポール・スプーナー

制作|2010年 素材|木・金属
 

本作は、「言葉を組み合わせる」という極めて単純な行為を、機械を通じて可視化した作品です。
 

1968年に存在した、単語をランダムに組み合わせる装置。
その素朴な発想を出発点として、スプーナー氏は一つの問いを持ち込みました。実はこの装置の原型は、彼が最初期に手がけた自動人形の一つとされています。当初、上部にフィギュアはなく、純粋に言葉を生成する機構として構想されていましたが、後にフィギュアが加えられ、「機械仕掛けの諧謔(かいぎゃく⁼ジョーク)」として再構成されたのが本作です。
 

言葉を組み合わせるという行為は、英国で親しまれてきた「言葉遊び」の系譜にも連なるものです。
本作は、その軽やかな遊戯性を出発点としながら、さらに別の問いも差し込みました。

 

ここで提示されているのは、「意味はどこから生まれるのか」という問いです。

例えば、名詞と動詞を並べるだけで文章は成立します。

「CAT EATS DOG(猫が犬を食べる)」
「ROBOT LOVES BACTERIA(ロボットがバクテリアを愛する)」

 

これらは文法的には正解です。しかし私たちは、そこに強い違和感を覚えます。
その違和感は言葉の問題ではなく、私たちの中にある「常識」が揺さぶられることで生じています。

 

ここで示されているのは、知識そのものではなく、それをもとに無意識に形づくられた「先入観」の働きです。私たちは知っているから判断しているのではなく、すでにある前提によって意味を成立させています。
 

この装置には3つのドラムが備わっており、ピンによってそれぞれ異なるタイミングで停止する構造になっています。その停止のタイミングは、回転の勢いや摩擦、ピンとの接触のわずかな違いによって毎回変化します。そのため組み合わせは一定せず、結果は予測できないものとなります。完全に制御されていない機械の振る舞いが、「意味らしきもの」を立ち上げてしまうのです。
 

さらにスプーナー氏は、この仕組みを「腹話術の人形」として構成しました。
ファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネームが無作為に組み合わされ、新しい名前が生成されます。そこに現れるのは、存在しないはずでありながら、どこかで見たことがあるような「誰か」です。

 

本来、腹話術とは、自分の声を他者のものとして語らせる技術です。この作品においても、言葉を生み出しているのは機械でありながら、その意味を語らせているのは私たち自身です。私たちは自ら与えた意味を、あたかも外から与えられたもののように受け取っています。
 

この作品は、言葉を生成する装置であると同時に、「私たちが他者をどのように認識しているか」を映し出す装置でもあります。
 

ハンドルを回すのは、鑑賞者であるあなたです。
言葉を紡いでいるのは機械ですが、その言葉に意味を与えているのは、常に私たち人間なのです

 

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