• Hal Furuta

オートマタの作り方 後ろ姿に悲哀を感じさせる情感たっぷりな作品とは

Paul Spooner氏の作品に面白いのだ、なぜか「悲哀を感じてしまう」ものがいくつか、いや幾つもある。 例えばこの「回答する機械/Answering Machine」もそのひとつだ。


キーが2個しかないタイプライターをロボットが操作する。ただそれだけの作品で極めて単純な動作を繰り返すだけである。ところが観る側はさまざまな想像を巡らしてしまう。つまりロボットの行為に妄想を抱いてしまうである。


彼が繰り返し打ち出しているのは「NO」である。

どんな質問を彼に向けたところで答えは同じ。「NO」なのである。


では、なぜその後ろ姿に”悲哀”を感じるか?と訊ねられても答える側は複雑である。例えばロボットに自分を重ねてしまう場合もあるだろう。 「いやだ。いやだ。いやだ...」と本当はこのロボットのように答えたい自分がいるのだ。 あるいは、人によっては複雑そうに見える”単純な行為”をくり返えし強制させられた。 そのような過去を思い出してしまったりすることもあるだろう。 子どもの頃にとても辛い思いをした。その時、川に向かってただただ小石を投げ続けたことを思い出す方もおられただろう。その時の自分がロボットに重なってしまう。 などと言うのはかなり大袈裟ではないか?と思われた方には、やや難解なポール・スプーナーの世界観をわかりやすく解説するためのものとお見逃しいただけたら幸いなのだが。

単純な言葉の繰り返しや、行為の繰り返しで人を笑わすことはオートマタに限らず、ひとつの技術であると言えのかもしれない。しかし、ユーモアにペーソスをプラスすることで、より深みのある作品が生まれることをポール・スプーナーは知っているのかも...と考えると見る側もより楽しみが増えると言うことだけは間違いのないことだろう。


この作品は「ポール・スプーナーの世界(ブリティッシュ・オートマタの現在)」に収録されています。

【BASE オンライン・ショップ】からご購入できます。 → https://molen.thebase.in/ ©︎Paul Spooner/MOLEN

閲覧数:12回0件のコメント