ふぐ/ Fugu|ポール・スプーナー/マット・スミス
2002年制作 素材|木、金属
本作は、日本人をモチーフにしたスプーナー作品の中でも、極めて多層的な批評性を持つ一品です。
作家が来日した際、猛毒を持つ魚であることを承知の上で、それを食べる習慣があるという日本の文化に強い関心を抱いたことが制作のきっかけとなりました。
ハンドルを回すと、箸を手にした人物が、目の前の魚を今まさに口に運ぼうとする動きを繰り返します。スプーナーは、命を落とす危険を冒してまで食の悦楽を追求する人間の心理に、ある種の滑稽さと愛おしさを見出しており、本作は彼の代表作の一つ「スパゲティ・イーター」と同様の系譜に属しています。
一般的に英国をはじめとする西洋の人々は、日本の「ふぐを食べる」という習慣を命がけの奇習として、軽蔑に近い驚きをもって眺めてきました。しかし、本作が湛える真の皮肉は、その視線の主である西洋人自身に向けられています。
たとえば英国においても、フィッシュ・アンド・チップスの主役であるタラなどの燻製魚の見栄えを良くするために、石油タールを原料とする合成着色料(黄色4号や5号など)を多用してきた歴史があります。
これらは後に子供の多動性や発がん性との関連が指摘され、欧州全体で厳しく規制されることとなりましたが、本作が制作された1990年代半ばは、まさにこうした添加物への懸念が大きな社会問題となっていた時期でした。
現代の英国では健康意識の高まりから「無着色(Undyed)」が主流となりましたが、それでも「美味しそうな伝統的色彩」を求める消費者の期待に応えるため、リスクを孕んだ鮮やかなオレンジ色の魚は今なお市場に残っています。これは、日本のスーパーに並ぶ「赤く着色されたたらこ」を巡る状況と全く同じ構造です。
本来の色よりも「美味しそうに見えること」という視覚的欲望を優先し、毒性の懸念を承知で(あるいは見ないふりをして)それを選び取る。そんな自国の盲目的な食習慣を棚に上げ、日本人のふぐ食を笑う英国人の姿こそ、スプーナーにとっての最大のアイロニーでした。
特定の文化的な風俗を借りながら、自国を含めた人間の矛盾や、欲望のためにリスクを飲み込む「業(ごう)」を、小さな機械仕掛けの中に描き出した知的な傑作です。

